はじめに
「ひぐらしのなく頃に卒」最終回を観終わりました。
某ドラゴンボール回で駄作なんじゃないかという不安が頭をよぎりましたが、最終回で考えを改めました。
惜しい部分は多々ありますが、それでも「ひぐらし」らしい大団円で良かったと断言出来ます。
その理由は、《ひぐらし卒》そして出題編の《ひぐらし業》でやりたかったことがちゃんと伝わる最終回だったから。
オタク語り、失礼します。
ひぐらし業・卒がやりたかった事って?
北条鉄平・間宮リナの救済
はじめに書いておきたいのは、私は「うみねこ」の勉強が不足していること。
全くのノータッチではありませんが、正直ひぐらし程ハマることは出来ずに終わりました。(エウアが登場して、慌ててフェザリーヌについて調べたりしました笑)
「キコニアのなく頃に」に関しては1mmも知りません。
そんな私が最終回を観て思ったのは、この作品はこれまでのひぐらしで救えなかった人物を救うための作品だったのではないか?ということです。
勿論「親友とは何か?」というテーマが主軸だとは思うのですが、そこに関しては掘り下げ不足が過ぎるのでマジで鉄平の頑張り物語になっている
ひぐらし解のクライマックスで梨花ちゃんは「この世界に敗者はいらない」という答えに辿り着きました。これは鬼隠し編のジジ抜きシーンからの伏線であり、ひぐらしという作品が伝えたかったメッセージだと言えます。
ですが、そんなひぐらし解にも敗者はいました。それが北条鉄平と間宮リナです。
彼らは自らの罪を悔い向き合うことを決めた鷹野三四やこれから向き合うであろう北条悟史と異なり、ろくな未来が待っていないクズ人間として出番を終えてしまいました。(リナは金銭問題でヤクザに消される世界線が殆ど、鉄平は郷壊し編で描写された通りです)
これではひぐらしのテーマにそぐわない。だからこそ郷壊し編、鬼明し編といった物語が作られたのだと考えます。
鉄平とリナを救うための代償が大きすぎるだろと思われる方もいるかもしれませんが、そこで重要になるのが魅音、レナ、圭一の言葉。これによって梨花ちゃんと沙都子の「離れ離れになる=マイナス」という考えが変わりましたからね。
…駆け足すぎたのは否めませんが。
ひぐらし業・卒が伝えたかったこと
「些細なきっかけで人は変われる」ということを伝えたかったのではないかと私は考えます。
あの鉄平が。虐待、恐喝、暴力と最低な行為を続けてきた男が、沙都子とその友人と鍋パーティーをするようになったんですよ…嘘だろ...?あったけえ…
変わるきっかけは孤独死に対する恐怖だったかもしれませんが、そこからの変貌は視聴者全員が知る通り。
鉄平は、間違いなく主人公であり、同時にヒロインだった…
鉄平、沙都子、悟史で同じ家に住む未来はもうすぐそこでしょう。素晴らしい。
沙都子について
別のカケラで数多の殺人を犯した沙都子。
彼女が自らの罪を反省する描写は是非とも欲しかったですが、結局何もないまま終わってしまいました。
それ自体は残念でしたが、かわりに魔女沙都子から元の沙都子に戻るシーンがあったのが救いでした。元の沙都子は祟明し編の時点で自身の罪を悔いていましたし、これからも反省は続けていくと思います。そう解釈できるだけですごく後味が良いです。
気になるのは「勉強嫌い!」が強調されていたことくらいかな…沙都子が病んだ原因の本質はそこではなかったはずなんですが(苦笑)
残ったままの謎について
敢えて答えを出さずに視聴者がそれぞれ解釈できるようにしたと言えば聞こえは良いですが、ミステリー要素のある作品でそれはどうなのかなというのが正直なところ。
漫画版で補完されることを願います。
圭一が異様にタフな理由、猫騙し編の犠牲者の掘り下げ、祟明し編の大石の手帳の意味…この辺は補足説明が欲しいですね。
終わりに
色々と書き連ねてしまいましたが、要約すると、
気になるところはあるけど、ひぐらし業卒楽しかった!!
ということです!
ドラゴンボール回で見切らなくて本当によかった。
あと、島みやえい子さんのyouで終わるのは反則です。最高です。